016 元アイドルの女06

「ねえ、バンドって、どうなるの?」

「いや、わかんない。曲書いて、デモテープつくって、メンバー探して、ライブやって、動員を増やして、売れるようにがんばってくってかんじ」

もっと具体的に話したかったけれど、ぼくも見通せていないから、それはできない。ただ、いちばん言いたいことははっきり言えた。

「それって、成功するの?」

「うん。たぶん、成功する」

「どうして?」

「キバさんが、成功すると信じてるから。あのひとが認めたバンドは、みんな成功してるから」

彼女はまた少しだけ微笑んで、小さいけれどよく澄んだ、はっきりと通る声で、言った。

「あたし、シェリルになりたい」

「なれるよ、大丈夫」

「どうしてわかるの?」

「きみも、キバさんが認めたから」

彼女は、少しだけ吹っ切れた表情で、また赤いのを飲んで、カラオケに予約を入れた。シェリルの『If it makes you happy』。声はぼろぼろ、ずたずただったけど、なんだかものすごく感動した。このひとなら、本当に大丈夫だ。さっきまで泣いていたのは、悲しかったからじゃなくて、新しい可能性が広がった、その歓びなのかも知れない、と思った。「3人目、決まりましたよ」。キバさんにLINEした。

返信があった。本文はなく、Dropboxのファイルへのリンクが2本。ファイルはMP3で、「Early morning stars」「Blue Happiness」と名づけられている。リンクを開くと、ギターのストロークとメロディラインが流れてきた。簡素なデモテープ。きっと、ぼくたちのバンドの曲だ。

「なんか、古臭いね。でも、好きかも」

彼女は言った。シェリルに憧れて芸能界に足を踏み入れ、いくつかの成功と挫折を経験した女性。その物語をメロディにしたらこんな空気になるんだろう、というサウンドだった。バンドの夢を諦め、制作スタッフになって5年。こんな形でまた夢を追いかけることになるなんて、思ってもみなかった。けれど、キバさんの作品で、宮中しほりとバンドができる。それって、どう考えても、幸せなことだよな。

彼女はメロディラインをだいたい憶えたらしく、鼻歌を始めていた。