015 元アイドルの女05

「きみはロックを歌うべきだ。本当は、自分でもそれを望んでいるんだろ」

はっとした表情で、彼女は下を向いた。好きな人を言い当てられた中学生のように。

「シェリル・クロウになれよ」

そう言って、キバさんはシバノ社長と部屋を出た。あとは頼んだ、とだけ言い残して。泣きだした彼女の向かいで、小さくひとつため息をついた。どうやら、取り乱した彼女の後処理を任されたようだ。

しばらく、何も話さなかった。ウーロン茶が半分ほど残ったグラスを適当にもてあそびながら、ただ、彼女のそばにいた。

彼女は、涙と鼻水を拭いて、何なのかはわからなけれど、赤い色の液体を大きくふたくち飲んだ。

「まいっちゃうなあ、なんであんなこと知ってるんだろ」

「え?なにが?」

「シェリル・クロウ。聞いてたでしょ」

「あ、うん、もちろん」

アメリカの女性シンガー・ソングライター。カントリー風のサウンドに少しだけ哀愁が響く歌声を乗せ、人生の悲しみや喜び、社会問題まで歌う。グラミー賞9回の、アメリカの国民的アーティストだ。代表曲『Everyday is a winding road』は、聞いたことのないひとはたぶんいない。

「あたし、すっごく憧れてた。母が好きでね、小学生の頃かな、よくコンサートの映像を観てたの。一緒になって歌ったわ。意味なんてまったくわかんなかったけど、このひとは何か、ものすごく素敵なメッセージを伝えようとしている、って気づいてた」

「へえ、意外だね。そんなふうには見えなかった」

アイドル時代も、卒業後のソロ活動も、彼女の参加する作品はだいたい、底抜けに明るい応援ソングか、不器用な恋に振り回されるラブソングだ。今回のアルバムもそうだった。

「アイドルオーディション、三次選考まであったけど、ぜーんぶシェリルを歌ったのよ。周りはみんな、AKBとかももクロだったけどね」

「じゃあ、これまでの活動は苦痛だった?」

「ううん、そんなことない。音楽をやれたから。シェリルと同じことをしてる、って思えるのは、とっても幸せなことだった」

そう言って少しだけ微笑んだ彼女は、びっくりするくらいキレイだった。さすがは元アイドル。このひとが、ぼくたちのバンドのフロントマンになるのか。なんだか信じられなかったが、嬉しいことなのは確かだ。