009 プロローグ 09

「俺がどうしてディレクターになったか、話したことあったっけ?」
「いや、わかんないっす」

キバさんはもともと、作曲家としてあるプロダクションと契約して、主に劇伴やCMソングなどを手掛けていた、と聞いたことがある。それがどうしてディレクターになったのか。じっくり聞いたことはなかったけれど、レコード会社の社員なら、直接的に制作の現場にかかわっていない人でも、音楽経験、楽器経験のある人は珍しくない。だから、特に疑問に思ったことはなかった。

「ようするに、全部やりたいわけさ。最初から最後まで。そのための準備として、ディレクターになった。今回のバンドの件も、それがすべてなんだわ。」

自信の持てる作品を、納得できるまでつくり込んで、好きなように届けたい。つまりそういうことだった。言葉にすると簡単だが、実現するとなるとかなり難しい。というより、プロである以上、それは不可能だ。キバさんはその理由を、ふたつの手錠、という言葉で示してみせた。

「納得できるまでつくり込みたい、っていうのはアーティストなら誰でも持ってる願いだよな。けど、プロのミュージシャンは、その願いを叶えることができない。納期、予算。このふたつの手錠が、制作活動を縛りつけてるからだ」

プロにあってアマチュアにないもの。それがシメキリだ。納得いくまで何度でも、自分のペースで作り直せるアマチュアと違って、プロはシメキリに合わせて作品をつくり上げなければならない。このプレッシャーは、経験したひとにしかわからない。メジャー契約が決まり、レコーディングのスケジュールが決まった途端、まったく筆が進まなくなり、一曲も書けないまま契約が見直される。そして、デビュー前に契約解除。こういうアーティストは、実はけっこういる。

予算も同様だ。上限がある以上、スケジュール通りに最高のギターソロを、最高のボーカルパートを録り終えなければならない。今日できなければ明日また、というわけにはいかない。レコーディングスタジオも、エンジニアも、予算が必要だからだ。

そして、納期と予算、このふたつの制約があるために、心ゆくまで制作に打ち込めないという面も確かにある。スケジュールを優先するあまり、アレンジをつくりこめないままリリースに至る、ということもないわけではない。宮中しほりのアルバムも、クオリティだけを目指すなら、インフルエンザがおさまってすぐレコーディングをすべきではなかったはずだ。けれど、それは仕方ない。アマチュアは満点を目指すが、プロは合格点を目指すものだからだ。「完成とは、改善のあきらめもしくは中止である」といったのは、確か海外の画家だったと思うけど。