004 プロローグ 04

夕方に目が覚めた。ニシオカさんとの約束まであと3時間ほどある。いったん会社に寄って宮中しほりの進捗を確認し、何もすることがなければスタジオにでも入ろうかな。急ぐ必要はないのに、10分で身支度を整えた。自転車に跨り、荒川の堤防に出る。会社の食堂で朝食兼昼食のカレーを食べ、自分の席に向かった。デスクにちょっとした小包が見える。

買収を前に、クリスタル側が、鹿浜橋ミュージックの社員、200人ほどと面接し、合併後の人事を考えることになっている。スケジュールを組むようミヤタ部長から指示されていたが、ぼくは適当に理由をつけて後回しにしていた。キバさんと話してからじゃないと、決められない。

ぼくは制作部門の下っ端だから、上のほうでどういう話ができてるかはまったくわからない。それに、買収されたとしても、きっとやることはそんなに変わらない。アーティストを担当し、制作スケジュールやスタジオ、スタッフやミュージシャンを手配して、売れる作品を世の中に送り出す。レコード会社の内部の制作スタッフというのは、そういう立場だ。

仕事はそんなになかった。メールチェックし、必要なものに返信した。小包は、宮中しほりからだった。体調管理に失敗したことへの丁寧な謝罪と、高そうなプリン。プロとして、スケジュール通りに仕事ができなかったことはマイナスだが、いつも人当たりのいい彼女のことを思い出すと、強く責める気にはなれない。再調整は片付いたから、また頑張ろうぜ、そう言いたくなる。

プリンを食べたら、することがなくなった。制作スタジオの予定表をみると、いちばん狭いB4スタジオが空いている。会社のロッカーには、自分のベースが置いてある。フェンダー・メキシコのプレシジョン・ベース。B4スタジオに入る。8畳ほどの狭い部屋に、ギターアンプとベースアンプが2台ずつ。主にボーカル、ギター、ベースを録るための、スタジオというよりブースだ。

スマートフォンをミキサーに繋ぎ、THE YELLOW MONKEYの曲を探す。ブレイクのきっかけとなった名曲『Love Communication』をセレクトし、SWRのアンプにセッティングしたベースを構えた。ときどきこうして、スタジオでベースを弾く。かつてはバンドでの成功を夢見ていたけれど、制作スタッフの道を選んで5年。27歳になった。今さらミュージシャンになれるとは思わないけれど、これからも音楽とは付き合っていくつもりだ。そのためにも、プレイすることが好きだった自分のことを、忘れたくない。だからこうして、ひとりで弾いている。

『楽園』『See-Saw Girl』『真珠色の革命時代』。ランダムで流れる作品に、曲のとおりのベースラインを合わせる。1時間ほど、そうしていた。ニシオカさんからLINE。「もう着く」。ベースをロッカーに戻して、会社を出た。