003 プロローグ 03

サカモト主任が出社してからプランを示したら、あとは俺がやっとくから休め、との指示だった。進展したらメールください、とだけ言い残した。

ぼくが所属している鹿浜橋ミュージックは、その名の通り、荒川にかかる環状七号線の橋、鹿浜橋のふもとにある。環七といえば、西のほうは自由が丘、三軒茶屋、下北沢などに近い一等地だが、中野区やら板橋区を経て足立区まで来ると、いかにも郊外といった雰囲気だ。大型小売店やファミリーレストランが立ち並び、首都高のインターチェンジが点在していて、大型トラックや重機がひっきりなしに通る。いつも砂埃に霞む街。芸能界の空気はミジンも感じられない。

会社を出て、荒川の堤防を自転車でゆっくり、20分ほどで自宅につく。3月ももう半ばを過ぎて、少しずつ春の空気に入れ替わろうとしている。こんな時期にインフルエンザって。尻ポケットのスマートフォンが、メールの着信音を何度も流していたが、立ち止まって確認したりしない。通勤のときはできるだけ自転車を降りず、まっすぐ駆け抜けたい。

ソニー、ビクター、東芝EMIなど、この国の音楽ソフトは、ステレオを作っている会社が、そのステレオで流すレコードも作る、という形で発展してきた面がある。こうした会社は、レコード業界への進出が古く、業界では老舗にあたる。鹿浜橋ミュージックもそのひとつで、親会社はスピーカーユニットで世界シェア上位。けれど日本のレコード業界ではなんとか上位10社に入るくらい。大手3社を追う中堅グループの下のほう、といった位置にいる。

そんな我が社に、ロンドン発の大手メディアグループ、クリスタル・ホールディングスからの買収が持ちかけられた。音楽、映画、劇場公演などを世界展開するワールドメジャー。日本のレコード業界にも早くから参入しており、クリスタル・ミュージック・ジャパンは中堅グループの最上位。ソニー、エイベックス、ユニバーサルに加えて4大レコード会社と称されることもあるほどだ。そこに、鹿浜橋ミュージックは吸収される。あと3か月ほどで、会社は消滅するわけだ。

アパートとマンションの中間のような自宅に着いた。シャワーを浴びてから、厳重にカーテンを閉める。真っ暗でないと眠れない。昼夜が逆転することが多いので、日当たりの良さが恨めしい。

ベッドに入ってスマートフォンをチェック。メールは4件。サカモト主任から、スケジュール調整が順調に進んでいるとの報告。ミヤタ部長から、合併前の面接スケジュールを組むよう指示。ニシオカさんから、今夜のメシの時間と場所。キバさんから、「お疲れ。今後のことは、宮中の仕事が終わったら話す。それまで面接は延ばせ」との指示だった。久しぶりの布団に安心して、目を閉じた。すぐに眠りに落ちた。