002 プロローグ 02

「そりゃ、災難だったな」
「まあ、一応、ちゃんと仕上げろってキバさんに言われてるから、プレッシャーありますけどね」
「え?キバ、この件に絡んでんの?」
「いや、そういうわけじゃないっすけど。なんか、俺を今回の現場に入れたの、キバさんみたいで。実際、本人からも、宮中しほりの件をちゃんとしろ、っていわれてて」
「なんじゃそりゃ。合併の絡みか?」
「いや、そこらへんはわかんないっす。どうせ聞いても答えてくれないし。まあ、ちゃんとやろうとは思ってますけど」
「そっか、なんだかわかんねえけど、いっぺんメシ行こうぜ」
「あ、はい。いつがいいっすか?」
「俺はあさってからロンドンだから、明日しかないけど」
「だいじょぶっす。時間が読めたら連絡ください」

コーヒーを淹れて、会議室に戻る。再調整したスケジュールをひとつの書類にまとめなければならないが、頭には入らない。これからのことを、ぼんやりと考える。ニシオカさんになら話せるかも知れない。

ニシオカさんと同じ現場だったのは5年前だが、その仕事がひと段落したあとで、ニシオカさんは、ぼくにキバさんを紹介してくれた。「コイツについていけ。大変だろうけど、得るものは大きいから」と。それ以来、できるだけキバさんの近くにいた。5年間で、一緒に担当した現場は10件以上になる。

ディレクターは制作を管理する仕事で、制作を進めるのはプロデューサーの仕事。そのモノサシを、キバさんは軽々と飛び越えていた。プロデューサーのプランを全否定し、企画書から書き直したことも、一度や二度ではない。 態度もデカいし声もデカい。ちなみに身体もデカい。188cm、95kg、柔道と空手はどちらも二段。新入社員だったとき、歓迎会の余興でグレープフルーツを素手で握り潰したそうだ。音楽業界にはあんまりいないタイプ。

この2人の先輩は同期入社で、仕事のスタイルはまったく違うが、仲はいい。調整型で人当たりがよく、堅実な仕事をするニシオカさん。直情的で誰にでも食ってかかるキバさん。兄貴分的な先輩と、カリスマ的な先輩。兄貴分にカリスマを紹介され、カリスマにコキ使われながら兄貴分にグチをこぼす。そうやって、これまでを過ごしてきた。